2006.03.19 Sunday
僕の神が夜逃げした
僕の神が夜逃げした 中村俊亮
僕の神が夜逃げした。気づいた時は夜明かし麻雀のやくざな男たちが
眠る朝だった 鍵はかけたはずだ さすれば尻の穴から逃げたにちがい
ない 畜生め! あまりのことに僕は鼻血を出した いつの日にか裏切
るだろうと信じていた予言が信じられないほどの速さで地獄から戻って
きたにすぎない なにものをも信じない それが僕の信仰だ 僕に使え
る生きものよ 勝手気ままに逃げるがいい さぞこの世がはれやかに見
えることだろう おお 今なお純潔なオフェリア 僕は彼女の愛だけを
信じます いく夜僕は彼女の狂い咲く歌声に夢精しただろう
ただならぬ裏切り 僕は町じゅうを呶鳴りちらし 走った 聞くがい
い 神が夜逃げした 窓窓窓がひらき 朝ぼらけの亭主の顔や女社長の
顔が下をみおろし 花はゆるやかに裸身を蜜峰に委ね 女の股はとじら
れ 肉屋の娘が十回目の失恋 行き合う人に神を見かけなかったかと聞
くのだが誰も彼もが神など必要としない上機嫌の誰でも彼でもばかり
畜生め! 僕はありったけの怒りをはりあげしなやかな黒ユリに嫉妬す
る ガラス屋にあるガラスぜんぶを割ったとしても僕の怒りはふりそそ
ぐ 走った走った 小径にちらばっている南京豆と蚕の卵を朝食にした
三時間のちも走っていた いくつもいくつもの汚れた大通りの町角を
曲り くたびれに乾く いくつもいくつも町を横ぎり ふたたび乾く
神への懲罰は葬式にうたう一節の死だ
正午すぎ哀れな企みがはためく うるさいはえどもよ 将軍の家に行
くがいい そして夜ごと戦死した夫たちとワルツを踊るがいい よき時
代に浸るがいい 森のほとり 美しくありたい樹々の願いがうずたかく
それら樹々を照らしている太陽が佝僂男の脳味噌だとは誰が知ろう
土の中で密かに結婚する根と根 すでにお三時の時間 次から次に着物
をかえる空にひとすじの虹《いづこに行きあがった 僕の神》僕は小便
小僧のペニスからふきでている水をくちびるにひたし 木苺をむさぼる
まもなく僕は広場の草むらに倒れるだろう 僕に残されたものは神な
くても生きぬく生命力だ 洗濯女の笑い声で眼がさめた《神ならあっち
に行ったわ》夏のある虱のいる暴動がたえないところ 砂漠の井戸
神が逃げたことによって僕にも目的が生れた 復讐! そのほかには何
も無 神をみつけ出せ
きらびやかな夕ぐれ この一瞬の美徳に陶酔する セメントを盛り沢
山ぬりこめた建物から幽霊どものお帰り 焼けただれて顔のない幽霊ど
もよ 今日も見すてられた霊魂がスミレ色に冷えてゆく 立向かおうと
する しかし 愚かにも燻る未来像への花火 僕は個人的なざわめきの
なかを空廻りし支えきれない悲痛に病気する 旅! 旅するには空気み
たいな金がいる その日ぐらしの僕には盗みでもしないかぎり いつし
か僕は船着場に佇んでいた 何げなくふりむくと闇タバコを耳にくわえ
た男が立っていた 男は戸籍謄本を売ってくれと言葉の上に金高をつん
だ 僕はきたなく昡暈し ぼんやり売った 僕の一切は男のなすがまま
に呼吸してゆくだろう 死にぞこないの心臓からたくさんの羞恥 夜も
すがら痴漢や酔いどれたちが檻の中にぶちこまれる 檻の中は栄えるだ
ろう いたるところの不衛生な灯は消え きみらの溜場《アドリブ》の
灯だけがうつろに光る
ここはどこなの どこでもいい
あんたは誰なの 誰でもいい
誰でもいい 誰でもいい
哀れな青年
哀れな少女
踊っている人 誰なの
女を抱いている人 誰なの
哀れな青年
哀れな少女
踊らない
「あたい と・・・・」
誰でもいい 誰でもいい
メキシコ女が歌う アイアイアイ
それから
それから
何かおころうと
メロンはくしゃみを禁じられているし
恋はうそつきだし
ネオンは赤いし
僕は遥かな島に旅立つし
涙は塩辛いし
グラスの酒はにせものだし
この少女は処女でないし
メキシコ女が歌う アイアイアイ
何でもいい 何でもいい
あけぼのに出発 昔ながらの赤い鶏に見送られ出発する 島ははるか
に遠く 空には星が喰いちらかしたバナナの皮 いっせいに飛び立つ鳥
心なぜか苦い 不要なもの あるあまるほど いまだ見たことのない
沼 いまだ見たことのない城跡 あきあきしたあなたの名とおなじバア
ーの看板 うすれてゆく風景の記憶 神の求めたのは なんだ それが
知りたい とりわけ知りたいのは死ぬぎわに悔するしかないかだ 僕と
いう人間からは縁遠いのどかな竹笛に道案内され 僕らが傷つけたであ
ろう自然をゆるやかに流れる 僕は辻音楽家の乞食にパンにはさんだ金
貨をあたえた 僕の裁きを受ける神はもしやあの乞食ではなかったか
もうすぐ島
島 島には白人とニグロが同居している 白人はニグロの呪いを背負
い 苦しく働く 金と船さえあれば脱走をくわだてたいのだ 島ではニ
グロが白人を使い さながら平和にみちてくる 僕は露天床屋で髭をあ
てがい 汗にまみれた肌をアルコールで拭いた 年中祭りの如く賑わう
果物市場から甘美な匂いがただよう かなりの露天 僕はゆっくり歩き
まわった 綿菓子をしゃぶる子供 カスタネットにもだえ踊る女 僕に
そそがれる嫌悪は明らかに僕らの祖先がニグロにおかした数々の地獄の
鞄 ふと 僕は夏ミカンを買う修道尼に話しかけようとした 僕の視線
をうけとるやいなや後をも見ずに駈けていった 僕はうなじの匂いをた
よりに追跡した 大理石の階段を登り あたりには教会だけだ 僕は足
跡をたんねんに消しながら教会の窓をのぞいた 驚くではないか 僕の
神がいる 昼下がり 僕の神と修道尼が性交していた みっともないほ
どうめいている 神の求めたのは愛欲 神とはかくも小さな石の偶像
かの修道尼は飢えたる人々に心にもない祈りをささげるだろう 人々へ
の献身的な愛こそはかの修道尼の生命ではなかったか 僕は性交の終る
のを待つ 終ったらただちに二人の魂をめがけて拳銃の引金を引く
僕は死を愛する 今こそ射て
なにものも信じない それが僕の信仰だ
詩集「愛なしで」1965 から
僕の神が夜逃げした。気づいた時は夜明かし麻雀のやくざな男たちが
眠る朝だった 鍵はかけたはずだ さすれば尻の穴から逃げたにちがい
ない 畜生め! あまりのことに僕は鼻血を出した いつの日にか裏切
るだろうと信じていた予言が信じられないほどの速さで地獄から戻って
きたにすぎない なにものをも信じない それが僕の信仰だ 僕に使え
る生きものよ 勝手気ままに逃げるがいい さぞこの世がはれやかに見
えることだろう おお 今なお純潔なオフェリア 僕は彼女の愛だけを
信じます いく夜僕は彼女の狂い咲く歌声に夢精しただろう
ただならぬ裏切り 僕は町じゅうを呶鳴りちらし 走った 聞くがい
い 神が夜逃げした 窓窓窓がひらき 朝ぼらけの亭主の顔や女社長の
顔が下をみおろし 花はゆるやかに裸身を蜜峰に委ね 女の股はとじら
れ 肉屋の娘が十回目の失恋 行き合う人に神を見かけなかったかと聞
くのだが誰も彼もが神など必要としない上機嫌の誰でも彼でもばかり
畜生め! 僕はありったけの怒りをはりあげしなやかな黒ユリに嫉妬す
る ガラス屋にあるガラスぜんぶを割ったとしても僕の怒りはふりそそ
ぐ 走った走った 小径にちらばっている南京豆と蚕の卵を朝食にした
三時間のちも走っていた いくつもいくつもの汚れた大通りの町角を
曲り くたびれに乾く いくつもいくつも町を横ぎり ふたたび乾く
神への懲罰は葬式にうたう一節の死だ
正午すぎ哀れな企みがはためく うるさいはえどもよ 将軍の家に行
くがいい そして夜ごと戦死した夫たちとワルツを踊るがいい よき時
代に浸るがいい 森のほとり 美しくありたい樹々の願いがうずたかく
それら樹々を照らしている太陽が佝僂男の脳味噌だとは誰が知ろう
土の中で密かに結婚する根と根 すでにお三時の時間 次から次に着物
をかえる空にひとすじの虹《いづこに行きあがった 僕の神》僕は小便
小僧のペニスからふきでている水をくちびるにひたし 木苺をむさぼる
まもなく僕は広場の草むらに倒れるだろう 僕に残されたものは神な
くても生きぬく生命力だ 洗濯女の笑い声で眼がさめた《神ならあっち
に行ったわ》夏のある虱のいる暴動がたえないところ 砂漠の井戸
神が逃げたことによって僕にも目的が生れた 復讐! そのほかには何
も無 神をみつけ出せ
きらびやかな夕ぐれ この一瞬の美徳に陶酔する セメントを盛り沢
山ぬりこめた建物から幽霊どものお帰り 焼けただれて顔のない幽霊ど
もよ 今日も見すてられた霊魂がスミレ色に冷えてゆく 立向かおうと
する しかし 愚かにも燻る未来像への花火 僕は個人的なざわめきの
なかを空廻りし支えきれない悲痛に病気する 旅! 旅するには空気み
たいな金がいる その日ぐらしの僕には盗みでもしないかぎり いつし
か僕は船着場に佇んでいた 何げなくふりむくと闇タバコを耳にくわえ
た男が立っていた 男は戸籍謄本を売ってくれと言葉の上に金高をつん
だ 僕はきたなく昡暈し ぼんやり売った 僕の一切は男のなすがまま
に呼吸してゆくだろう 死にぞこないの心臓からたくさんの羞恥 夜も
すがら痴漢や酔いどれたちが檻の中にぶちこまれる 檻の中は栄えるだ
ろう いたるところの不衛生な灯は消え きみらの溜場《アドリブ》の
灯だけがうつろに光る
ここはどこなの どこでもいい
あんたは誰なの 誰でもいい
誰でもいい 誰でもいい
哀れな青年
哀れな少女
踊っている人 誰なの
女を抱いている人 誰なの
哀れな青年
哀れな少女
踊らない
「あたい と・・・・」
誰でもいい 誰でもいい
メキシコ女が歌う アイアイアイ
それから
それから
何かおころうと
メロンはくしゃみを禁じられているし
恋はうそつきだし
ネオンは赤いし
僕は遥かな島に旅立つし
涙は塩辛いし
グラスの酒はにせものだし
この少女は処女でないし
メキシコ女が歌う アイアイアイ
何でもいい 何でもいい
あけぼのに出発 昔ながらの赤い鶏に見送られ出発する 島ははるか
に遠く 空には星が喰いちらかしたバナナの皮 いっせいに飛び立つ鳥
心なぜか苦い 不要なもの あるあまるほど いまだ見たことのない
沼 いまだ見たことのない城跡 あきあきしたあなたの名とおなじバア
ーの看板 うすれてゆく風景の記憶 神の求めたのは なんだ それが
知りたい とりわけ知りたいのは死ぬぎわに悔するしかないかだ 僕と
いう人間からは縁遠いのどかな竹笛に道案内され 僕らが傷つけたであ
ろう自然をゆるやかに流れる 僕は辻音楽家の乞食にパンにはさんだ金
貨をあたえた 僕の裁きを受ける神はもしやあの乞食ではなかったか
もうすぐ島
島 島には白人とニグロが同居している 白人はニグロの呪いを背負
い 苦しく働く 金と船さえあれば脱走をくわだてたいのだ 島ではニ
グロが白人を使い さながら平和にみちてくる 僕は露天床屋で髭をあ
てがい 汗にまみれた肌をアルコールで拭いた 年中祭りの如く賑わう
果物市場から甘美な匂いがただよう かなりの露天 僕はゆっくり歩き
まわった 綿菓子をしゃぶる子供 カスタネットにもだえ踊る女 僕に
そそがれる嫌悪は明らかに僕らの祖先がニグロにおかした数々の地獄の
鞄 ふと 僕は夏ミカンを買う修道尼に話しかけようとした 僕の視線
をうけとるやいなや後をも見ずに駈けていった 僕はうなじの匂いをた
よりに追跡した 大理石の階段を登り あたりには教会だけだ 僕は足
跡をたんねんに消しながら教会の窓をのぞいた 驚くではないか 僕の
神がいる 昼下がり 僕の神と修道尼が性交していた みっともないほ
どうめいている 神の求めたのは愛欲 神とはかくも小さな石の偶像
かの修道尼は飢えたる人々に心にもない祈りをささげるだろう 人々へ
の献身的な愛こそはかの修道尼の生命ではなかったか 僕は性交の終る
のを待つ 終ったらただちに二人の魂をめがけて拳銃の引金を引く
僕は死を愛する 今こそ射て
なにものも信じない それが僕の信仰だ
詩集「愛なしで」1965 から